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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)3183号 判決

控訴人・附帯被控訴人 国

代理人 西口元 坂田栄

被控訴人・附帯控訴人 鶴見寛

主文

原判決中控訴人(附帯被控訴人)敗訴部分を取り消す。

被控訴人(附帯控訴人)の請求を棄却する。

本件附帯控訴を棄却する。

訴訟費用(控訴費用、附帯控訴費用を含む。)は、第一、第二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)

主文同旨

2  被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)

(一)  本件控訴を棄却する。

(二)  原判決を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し、七二四万四一〇〇円及びこれに対する昭和五九年九月一九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は、第一、第二審とも控訴人の負担とする。

二  当事者の主張

当事者双方の主張は、原判決事実摘示欄の「第二 当事者の主張」(原判決二枚目表一〇行目冒頭から八枚目裏一一行目末尾まで)に記載のとおりである(ただし、四枚目裏一〇行目の「少くとも」の前に「第一回入札時から第二回入札時までの約七か月間に、その価額の変動はなく、したがつて第一回入札当時においても」を加える。)から、これを引用する。

三  証拠 <略>

理由

一  請求原因1の事実(本件競売手続の経緯)は、このうち、(七)の本件競売事件が取り下げられた日の点を除き、すべて当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、右取下げの日は、昭和六〇年二月八日であることを認めることができる。

二  右事実によれば、控訴人国の公権力の行使に当たる公務員である本件執行官には、第一回入札の開札期日において最高価買受申出人を定める際、買受申出人の農地買受適格証明書の有無を審査し、右証明書を有しない買受申出人である訴外平山を除外すべき注意義務を負つていたにもかかわらず、これを怠つた過失があることは、明らかであり、一方、<証拠略>によれば、訴外平山に次いで高額の買受けの申出をした被控訴人は、第一回入札の際に多古町農業委員会の発行した買受適格証明書を本件執行裁判所に提出していることが認められるから、本件執行官の右過失がなかつたとすれば、被控訴人が本件土地(一)、(二)の最高価買受申出人に定められる蓋然性が高かつたものということができる。

三  被控訴人は、本件土地(一)、(二)の所有権を取得し得たことを前提として、本件土地(一)、(二)の適正な市場価額と被控訴人の第一回入札価額との差額を損害(得べかりし利益の喪失)として請求するので、本件競売事件における被控訴人の法的地位ないしは被控訴人の権利について検討する。

1  民事執行法は、売却の実施後、執行裁判所が売却決定期日を開き、売却の許可、不許可の決定を言い渡すこととし、この段階において、執行裁判所が、開始決定から売却までの手続全体を見直し、重大な瑕疵、誤りがあるときは、売却不許可決定をして改めて売却手続を行う措置をとり、重大な瑕疵、誤りがないときにはじめて売却許可決定を言い渡すこととしており、買受申出人のうち、最高価買受申出人に定められた者は、右の売却許可決定を受けて買受人となり、次いで代金を納付した時にはじめて不動産を取得することとされている。そして民事執行法上、買受申出人(本来最高価買受申出人と定められるべき者を含む。)は、買受申出人となる資格のない者が誤つて最高価買受申出人に定められたとしても、売却決定期日において、右の「最高価買受申出人」に対する売却を不許可とする決定を求める旨の意見を陳述することができるにすぎず、直接自己への売却を許可する決定を求める旨の意見までも陳述することはできないものと解するのが相当である。なぜなら、民事執行法には、削除された民訴法六八〇条二項、四項のように、買受申出人が直接自己への売却を求めることができる権利を有することをうかがわせる文言のある法条は存在しないし、新設された次順位買受けの申出の制度においても、一定の要件を満たす者を次順位買受申出人としたうえ、買受人の代金不納付により売却許可決定が効力を失つた場合にのみ、次順位買受けの申出について売却許否の決定がなされることとされているのであつて、それ以外に、一般的に最高価買受申出人について売却不許可事由があるときに、次順位買受申出人の買受けの申出について売却許可の決定をすることを認めてはいないものと解するほかなく、いわんや、それ以外の一般の買受申出人は、最高価買受申出人と定められた者がその資格を有していなかつたとしても、売却の許否に関する意見陳述において、直接自己への売却を許可する旨の決定を求めることは許されないものと解するのが、民事執行法の趣旨に副うと考えられるからである。

そして、売却許可決定に対し執行抗告を申立てることができるのは、その決定により自己の権利が害される者に限られるところ、最高価買受申出人以外の買受申出人は、最高価買受申出人に対する売却許可決定が抗告審において取り消されたとしても、前記のように自己の買受申出について売却許可決定が得られるわけではないのであるから、仮に買受人となる資格を有しない者に対し売却許可決定がなされたとしても、右決定により自己の権利が害されるわけではなく、したがつて右決定に対し執行抗告を申立てることはできないものと解される。

以上のように、民事執行法は、買受申出人に対しては、売却決定期日において意見を陳述する権利を付与することにより、執行裁判所の職権発動を促して不適法な売却許可決定がなされるのを防止し、従前の手続に重大な瑕疵、誤りがあるとして売却不許可決定がなされ新たな売却が実施される場合には、再び買受けの申出をする機会を事実上与えているにすぎず、それ以上に所有者その他実体法上の権利者に準ずるような権利を与えているものとは解されない。

2  なお、本件競売事件において、権限を有する行政庁の交付した買受適格証明書を有する者に限り買受申出をすることができる旨の制限が付された趣旨を考えるに、本件土地(一)、(二)は農地であつて所有権移転について農地法所定の許可を得なければならないが、これを執行手続内で審査する方法として、本来は売却許可決定の段階でも足りるのにかかわらず、買受けの申出の段階で審査することとしたのは、農地法による許可の見込みのない者が多数買受けの申出に加わり、最高価買受申出人に定められた者が売却決定期日までに所定の資格を取得することができず、売却不許可となる事例が生じて執行手続が遅延し、手続費用も増大することを防止するためであり、要するに、執行手続の効率的な運営をはかるため、民事執行規則三三条によりとられた措置であることは明らかである。したがつて、買受けの申出の資格制限は、競売参加者を制限して、買受適格証明書を有する者に対し有資格者として特別の地位を付与することを目的とした制度ではないし、もとよりその者に対し通常より低廉な価額で物件を取得できる機会を保障したものではない、と解するのが相当である。

3  そうすると、買受適格証明書を提出し、次順位に高額の買受けの申出をしたにすぎない被控訴人は、本件土地(一)、(二)の所有者その他これに準ずる権利者でないことはもちろん、本件土地(一)、(二)そのものについて国家賠償法上保護されるべき法的利益を有するとはいえないことに帰着する。

四  以上のとおり、被控訴人は、本件執行官の前記過失により、本件競売手続に参加したため支出した費用で無駄になつたもの等があり得ることはともかく、被控訴人主張のような損害(得べかりし利益の喪失)を蒙つたとは認められないから、その点の請求は理由がなく、したがつて、本件訴訟提起追行のための弁護士費用も失当といわざるを得ない。

五  よつて、これと異なる原判決は失当であつて、本件控訴は理由があるから、原判決中控訴人敗訴部分を取り消し、被控訴人の請求及び附帯控訴をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大西勝也 鈴木經夫 山崎宏征)

【参考】第一審(千葉地裁昭和五九年(ワ)第九八八号 昭和六一年一〇月一七日判決)

主文

一 被告は原告に対し、金一一七万二〇〇〇円及びこれに対する昭和五九年九月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二 原告のその余の請求を棄却する。

三 訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告は原告に対し、金七二四万四一〇〇円及びこれに対する昭和五九年九月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二 請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一 請求原因

1 本件競売手続の経緯

(一) 千葉地方裁判所八日市場支部(以下「本件執行裁判所」という)は、別紙物件目録記載の(一)、(二)の各土地(以下「本件土地(一)、(二)」という)についての不動産競売事件(同支部昭和五八年(ケ)第一五号・以下「本件競売事件」という)において、本件土地(一)、(二)を入札期間を昭和五九年六月一八日から同月二五日まで、開札期日を同月二八日午前一〇時とする期間入札(以下「第一回入札」という)に付した。

(二) 本件土地(一)、(二)はいずれも農地なので、本件執行裁判所は、本件競売事件手続において、権限を有する行政庁の交付した買受適格証明書を有する者に限り買受申出をすることができる旨の売却条件を付し、第一回入札の公告にその旨掲記した。

(三) 本件執行裁判所執行官(以下「本件執行官」という)は、第一回入札の開札期日において右特別の売却条件を告知したうえ、訴外平山俊彦(以下「訴外平山」という)に本件土地(一)、(二)の買受申出を許し、かつ訴外平山を最高価買受申出人と定めた。

(四) 訴外平山は、本件執行裁判所に対し、多古町農業委員会の発行した農地買受適格証明申請の受理を証する書面を提出したのみで、権限を有する行政庁たる多古町農業委員会の発行した農地買受適格証明書を提出していなかつた。

(五) 本件土地の最低売却価額は、同(一)が金二二五万六〇〇〇円(訴状では金二二五万円と記載されているが、取寄せにかかる本件競売事件記録により誤記と認められる)、同(二)が金二七〇万五〇〇〇円であつたが、訴外平山は、本件土地(一)につき金三〇六万七〇〇〇円、同(二)につき金三一一万六〇〇〇円の入札をなし、原告は、同(一)につき金二三五万六〇〇〇円、同(二)につき金二七五万五〇〇〇円の入札をなしたので、原告の買受申出額は訴外平山に次ぐ高額なものであつた。

(六) 本件執行裁判所は、昭和五九年七月二日、第一回入札による売却につき不許可の決定をした。

(七) 本件執行裁判所は、本件土地(一)、(二)を入札期間を昭和六〇年一月三一日から同年二月七日、開札期日を同月一五日午前一〇時とする期間入札(以下「第二回入札」という)に付したが、本件不動産(一)、(二)についての競売手続は昭和六〇年二月一四日に取り下げられた。

2 本件競売手続の違法、本件執行官の過失

本件執行官は、競売手続にあたり買受申出人の資格を精査し資格を有しない者の買受申出を排除すべき注意義務があるのにこれを怠り、前記のとおり本件土地(一)、(二)の買受申出をする資格のない訴外平山に買受申出を許した。

3 被告の責任

本件執行官は、被告の公権力の行使に当る公務員であり、原告は本件執行裁判所に買受適格証明書を提出していたので、訴外平山の買受申出が排除されていれば前記入札価額で本件土地(一)、(二)を取得しえたにもかかわらず、本件執行官の違法な職務行為によりこれを妨害されたのであるから、被告は、国家賠償法一条により原告が被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

4 損害

(一) 得べかりし利益 金六四四万四一〇〇円

第二回入札において、訴外土井正司は、本件土地(一)につき金六八五万五一〇〇円、訴外石井智は、本件土地(二)につき金四七〇万円の価値で入札をした。本件土地(一)、(二)は少くとも右の価額以上の価値を有するものであるから、原告が第一回入札の入札価額で本件土地(一)、(二)を取得した場合には、金六四四万四一〇〇円以上の利益を得ることができた。

(二) 弁護士費用 金八〇万円

原告は、弁護士である原告代理人に本件訴訟の提起追行を委任したが、被告が賠償すべき本件弁護士費用は金八〇万円をもつて相当とする。

よつて原告は被告に対し、損害賠償金七二四万四一〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五九年九月一九日より支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。

二 請求原因に対する認否

1 請求原因1(一)ないし(六)の事実は認める。同1(七)の事実のうち、本件競売事件の取り下げの日付の点を否認し、その余は認める。右取り下げの日付は昭和六〇年二月八日である。

2 同2は争う。

3 同3は争う。

4 同(一)の事実は否認し、同(二)の事実は知らない。

三 被告の主張

1 権利侵害の不存在について

国家賠償法上国に責任が認められるための要件としては、権利ないし法的に保護されている地位を侵害することが必要である。しかしながら原告は、買受申出人として執行手続に参加してきた者に過ぎず、買受申出人は執行手続上売却の許否について意見の陳述をなしうる(民事執行法七〇条)だけであつて、不当に最高価買受申出人が定められたとしても、自己への売却許可決定を求めることができず、また売却許可決定に対する執行抗告をできる地位にもない。従つて原告が本来最高価買受人として認められるべき者であつたとしても、売却許可決定を受けていない以上は単に将来所有権を取得しうるという事実上の可能性があつたに過ぎず、未だ当該物件を取得することが法的に保障されていたわけではないのであつて、この段階において仮に執行手続に手続法上の瑕疵があつたとしても、その一事をもつて原告に法的に保護すべき被侵害利益があつたとはいえない。

2 本件執行官の職務行為の違法性について

(一) 国家賠償法上違法があるというためには国に損害賠償義務を負担せしめるだけの実質的な理由がなければならないところ、本件においては買受申出人に売却許可決定期日までに農地法上の所有権移転の許可がなされれば右の者に売却を許可しても何ら違法はないことになり、また農地法上の許可がなされなければ右の者に対して売却を許さず再度売却手続に付すだけのことであるから、本件執行官の行為には国家賠償法上の実質的な違法はない。

(二) またそもそも農地の競売手続において執行裁判所が民事執行規則三三条に基づき買受申出をする者の資格を買受適格証明書を有する者に限定するのは、当初から所有権移転の許可を得る見込みのない者に買受申出をさせることによる無益な手続の繰り返しを避け、手続費用の増大や事件処理の長期化を予防し、もつて債権者等の利益を保護することを目的とするものであつて、買受適格証明書を提出した買受申出人に特別の保護を与えることを目的とするものではない。訴外平山は、結果として売却決定期日までに農地法所定の許可を得ることができずに売却不許可となつたが、その後昭和五九年七月二〇日付で訴外平山に対し買受適格証明書が発付されたので、同人は、実質上は買受申出の資格を有していたと言うことができ、買受申出人の資格制限が原告に訴外平山より低廉な価額で本件土地(一)、(二)を取得しうる地位を保障するものではないから、右の点からも本件執行官の行為に国家賠償法上の実質的な違法はない。

3 損害の不存在

(一) 仮に原告の地位が法的保護を受け得るものでかつ本件執行官に国家賠償法上の実質的な違法があるとしても、原告が求められている損害は、契約が成立しこれが履行されていたならば得られていたであろう利益すなわち「履行利益」の填補であつて、契約成立以前に契約成立過程の過失があつても「履行利益」の填補を求めることはできないから、未だ本件土地(一)、(二)について売却許可決定を受けておらず従つて契約の成立していない本件において、原告が履行利益の填補を求めることはできない。

(二) 仮に原告が履行利益の填補を求めることができるとしても、本件土地(一)、(二)の適正な市場価額は、本件競売事件手続で不動産鑑定士の作成した評価書に基づいて決定した最低売却価額を基準に考えるべきであつて、右価額によれば原告に損害はない。

四 被告の主張に対する反論

1 被告の主張1について

原告は、現実に適法な入札をなしたにもかかわらず本件執行官の違法な職務行為により最高価買受人となること、ひいては売却許可決定を受けること自体が妨害されたのである。かかる原告の地位を入札をなしていない者または入札しようとしていた者と同一には論じえない。

2 同2について

開札期日までに買受適格証明書を有しない者が、売却許可決定期日までに農地法所定の許可を得ていたとしても、このことによつて買受申出証明書を有しない者に買受申出を許した違法は治癒されない。

また再度売却手続をされることと右違法との間には何の関連もない。

3 同3について。

契約締結上の過失の理論は本件には適切でない。

第三証拠 <略>

理由

一 請求原因1(一)ないし(五)及び同1(六)のうち本件競売事件取り下げの日付の点を除く事実は当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、本件競売事件は昭和六〇年二月八日に取り下げられたことが認められる。

二 そこでまず原告の権利ないし侵害の存否につき検討する。

<証拠略>によれば、原告は、第一回入札の際に多古町農業委員会の発行した買受適格証明書を本件執行裁判所に提出していることが認められ、第一回入札における原告の入札価額は、本件土地(一)、(二)のいずれについても訴外平山に次ぐもので、かつ訴外平山は買受適格証明書を提出していなかつたのであるから、原告が最高価買受申出人と定められるべきであつた。そして原告について売却不許可事由を認めることのできない本件においては、原告は売却許可決定を得て本件土地(一)、(二)について所有権を取得しえたのであるから、このように権利取得の蓋然性が極めて高い原告の地位は国家賠償法上保護されるべきものである。

この点につき被告は、買受申出をしたに過ぎない原告には、不当に最高価申出人が定められたとしても、民事執行法上自己への売却許可決定を求めることはできずまた売却許可決定に対する執行抗告ができる地位にはない旨主張するが、仮に被告の主張のとおり、民事執行法上は不当な最高価買受人の決定に対して他の買受申出人に直接の救済手段がないとしても、そのことから直ちに原告が国家賠償法上の請求をする地位にないことにはならず、競売手続の瑕疵によつて本来取得できる権利の取得を妨げられた以上、原告は、国家賠償法上の請求をすることができると解すべきである。

三 次に本件執行官の職務行為の違法性について検討する。

(一) 本件執行官は、第一回入札において買受適格証明書を提出していない訴外平山に買受申出を許したが、このように買受申出人となり得なかつたはずの者によつて最高売却価格が形成された場合には、たとえその者が売却許可決定期日までに農地法所定の所有権移転許可を得たとしても右手続の瑕疵は治癒されないと解すべきである。また本件においては第一回入札では訴外平山に対する売却は不許可となつたが、そのことによつて本件執行官の職務行為の違法性が消滅するわけではない。

(二) さらに本件執行裁判所が民事執行規則三三条に基づき買受適格証明書を有する者に買受申出人の資格を制限し、その旨を期間入札の公告に掲記した以上、たとえ訴外平山が実質的には農地の買受適格があり時間的関係で適格証明書の交付を受けられなかつたものであつても、本件執行官が訴外平山に買受申出を許したことは、買受適格証明書を提出している原告に比し、訴外平山を不当に有利に扱つたことになるから、本件執行官の行為には違法性がある。

四 以上のとおり本件執行官が訴外平山の買受申出を許した行為は、原告の保護されるべき法的地位を侵害しかつ違法性を有するものである。そして本件執行官が公権力の行使にあたる公務員であり、右行為がその職務に関する行為であることは明らかなので被告は原告が被つた原告の損害について賠償する責任がある。

五 そこでさらに進んで原告の損害の点につき検討する。

(一) 原告は、本件執行官の違法な職務行為がなければ最高価買受人となり売却許可決定を経て本件土地(一)、(二)を第一回入札時の原告の入札価額で取得しうる地位にあつたのにこれを妨げられたのであるから、このことによる損害は、本件土地(一)、(二)の第一回入札当時の適正な市場価額と原告の第一回入札の入札価額の差額であると解する。

(二) これに対し、被告は、原告は未だ本件土地(一)、(二)について売却許可決定を得ておらず、いわば売買契約は成立していなかつたのであるから、たとえ契約が成立過程に過失があつたとしても右のような「履行利益」の填補を求めることができない旨主張する。しかし契約締結上の過失は、契約が原始的不能により不成立になつた場合には本来当事者に契約履行の義務はないが、右契約が有効なものと信頼した当事者に信頼したことによる損害の賠償請求を信義則上認めるというものである。この場合に「履行利益」の填補まで認められないのは、本来原始的不能な契約によつては履行義務が発生しないからであるところ、原告が本件土地(一)、(二)を取得できなかつたのは原始的不能によるものではなく、本件執行官の違法な職務行為に基づくものであるから、本件の場合に「履行利益」の填補が認められないとの被告の主張は失当である。

(三) <証拠略>によれば、本件執行裁判所が選任した評価人の本件土地(一)、(二)の評価額は、同(一)が金二二五万六〇〇〇円、同(二)が金二七〇万五〇〇〇円であることが認められ、本件競売手続における本件土地(一)、(二)の最低売却価額が右評価額と同額であることは当事者間に争いがない。そして被告は右価額を基準に適正な市場価額を決定すべきであると主張する。しかし最低売却価額は、対象物件が不当に廉価に売却されるのを防ぐため、それ以下での売却を許さないとするものであつて通常対象物件の市場価額より低い価額となつていることは裁判所に顕著な事実であるから、右評価人の評価額及びそれに基づく最低売却価額をもつて摘正な市場価額と認定することはできない。

(四) 第一回入札における訴外平山の入札価額が、本件土地(一)につき金三〇六万七〇〇〇円、同(二)につき金三一一万六〇〇〇円、第二回入札における原告の入札価額が同(一)につき金六八四万円、同(二)につき金二八五万円であることは当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、第二回入札において訴外平山は本件土地(一)につき金三三六万八〇〇〇円、同(二)につき金三一一万八〇〇〇円の入札価額で、訴外土井正司は本件土地(一)につき金六八五万五一〇〇円、同(二)につき金四一一万一一〇〇円の入札価額で、訴外石井智は本件土地(一)につき金五三〇万円、同(二)につき金四七〇万円の入札価額でそれぞれ入札していることが認められる。

入札価額は、売却許可決定がなされれば買受申出人がその価額で買い受けるというものであるから、他に適正な市場価額を認定するに足りる的確な証拠のない本件においては、右の入札価額を参考にせざるを得ない。そして前記のとおり原告の損害は、第一回入札時の適正な市場価額と原告の入札価額との差額であるから、これと時点の異なる第二回入札における入札価額を採るべきではなく、従つて第一回入札における訴外平山の入札価額を基準とし、適正な市場価額は少くとも右価額を下廻わらない(逆に右価額を上廻るとの立証もない)ものとして原告の損害額を認定するほかはない。よつて訴外平山の第一回入札の入札価額の、本件土地(一)につき金三〇六万七〇〇〇円、同(二)につき金三一一万六〇〇〇円と、原告の第一回入札の入札価額との差額、すなわち本件土地(一)では金七一万一〇〇〇円、同(二)では金三六万一〇〇〇円、合計一〇七万二〇〇〇円が原告の得べかりし利益の額であると認められる。

(五) 弁論の全趣旨によれば、原告は弁護士である原告代理人に本件訴訟の提起及び追行を委任したことが認められ、被告に負担させるべき弁護士費用は金一〇万円をもつて相当とする。

六 以上のとおり原告の本訴請求は、被告に対し、金一一七万二〇〇〇円とこれに対する昭和五九年九月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があり、被告に対するその余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を適用し、仮執行宣言の申立についてはその必要がないものと認めてこれを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒井眞治 手島徹 中山幾次郎)

物件目録 <略>

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